米国プロフェッショナルエンジニア(PE)制度とは
- 当協会によく寄せられる問合せ
- 米国PE制度の基本原則
- 米国PEがカバーする技術分野
- PEの押印は公的な許認可手続きか?
- PE制度は州により異なるが、学歴、技術試験の根幹要件は全米共通
- PE制度を支える米国内諸団体の歴史、関係
- 米国がPE制度を”輸出”する理由
- 当協会がNSPEと提携している理由
- 当協会がビジネス上のお問合せに対して提供できるサービス
1.当協会によく寄せられる問合せ
当協会では、米国への機器・プラント輸出、米国での技術系法人設立、あるいは自己研鑽のための資格取得等を検討している国内の企業や個人から次のような問合せを受けることがあります。
- 輸出しようとする機器・プラントの図面や仕様書には州の”PE”による審査と押印が必要、あるいは技術系法人設立の際、”PE”一名以上を置くことが必要と言われた。 ”PE”とは一体どのような制度なのか?
- “PE”による規制、保証はどのような技術分野を対象としているのか? また州によって制度のどのような点が異なるのか?
- 個人として”PE”資格を取得するには、”PE試験”以外に”FE試験”にも合格する必要がある、また学歴についても照会されることがあると聞いたが、なぜそのような要求があるのか?
- JSPE(当協会)では、”PE”制度に関する疑問や悩みを抱えた企業、個人に対してどの程度相談に乗ってくれるのか?
2.米国PE制度の基本原則
“PE”とはプロフェッショナルエンジニア(Professional Engineer 専門職技師)の略語であり、各州に置かれたPEボード(Board 規制委員会)が一定の要件を満たす技術者に対し専門職技師としての免許(License)を与えその行動を監督することにより運用されています。 制度の概要は当協会ウエブサイト 「PE受験/登録に興味のある方へ」 にも記載していますが、各州のPE法に共通する基本原則は次のようなものです。 (参照:NCEES Model Law )
- 公衆の安全、衛生および福利に影響を与える可能性があって、工学的原理や情報の工学的解釈を必要とする技術的業務については、州政府が認める免許を持つPE(専門職技師)のみに委ねる
- PEの免許は、州のPE規制委員会が認める一定の学歴、実務経験を持ち、所定の試験に合格することにより与えられる。そして免許を持つPEの業務に対して州のPEボードは査問、懲罰等の権限を持つ。
- PE免許は、当該技術者が能力を有すると実証した特定の技術分野別に付与される。
日本には文科省が管轄する技術士資格がありますが、技術士資格と他の中央省庁が管轄する各種技術系業務資格とを一つにまとめたような制度が米国PE制度であるというとわかりやすいかもしれません。
3.米国PEがカバーする技術分野
現時点で米国PE制度が対象としている技術分野は次の25分野であり、これら分野別に実施されるPE試験に合格することがPE免許を得るための要件の一つとなっています。(参照: NCEES Exams)
化学、土木(建設、地盤、構造、交通、水資源)、構造、建築、環境土木、電気(計算機、電気電子、電力)、機械(空調、機械装置・材料、熱・流体)、農業生物、産業、海洋、ソフトウエア、計装制御、防火、金属・材料、鉱山、原子力、石油
(※ 注意深い読者の方は、米国が得意とする航空宇宙がPE試験に含まれていないことに気付かれるかもしれません)
では、例えば対象となる図面や仕様書が機械、電気、土木の3つの分野の技術的側面を有すると見られる場合、各分野免許を持つ3人のPEの押印が必要になるのでしょうか? この問いへの答えはプラント、機器類の特性や米国の各政府機関(連邦、州、市ほか)の法規制方針により変わります。
機械、電気、土木それぞれの側面がいずれも公衆の安全等への影響が大きいと見なされる場合は、各分野免許を持つ3人のPEの押印が必要となります。 一方、公衆の安全等への影響が大きいのは主として土木の側面だけであろうと判断される場合は、土木PE 1名の押印のみで認められることがあります。
プラントや機器類に応用される技術が多種多様に発達した結果、細分化された技術分野を誰がどこまで保証するかは米国に限らず日本でも常に議論となる問題です。
米国PE制度では実際頻繁に直面するこの問題に対処するため、次のような工夫がなされています。
- PE免許を得るには、専門分野別のPE (Principles and Practice of Engineering) 試験に合格するだけでなく、工学全般の基礎事項を見通せるように設計されたFE (Fundamentals of Engineering) 試験に合格すること、および全米共通のABET工学教育基準認証を伴う工学士称号(Bachelor in Engineering)を有することを求める。
- “PE免許者が押印できるのは、その者が能力があると実証できる分野の業務のみに限る”という規定を設定することで、押印対象業務は必ずしもPE試験に合格した分野に限定しないということを暗に認める。その代わり、個々のPE免許者には通常2年ごとの免許更新期間中に15時間以上の自己研鑽教育(Continuous Professional Development CPD)を積むことを義務づける。
- 各州の方針によりPE免許者の押印を求めない業務範囲を定める(例:企業が組織的に品質保証しているとみなされる設計・製造工程等はPE押印の対象外とする)
(参照:NCEES Model Law, Model Rule, NSPE What is an Industrial Exemption)
4.PEの押印は公的な許認可手続きか?
米国PE制度は、州PEボードが監督するため公的安全規制の一つということができますが、免許を持つ個々のPEは米国の各政府機関から独立した専門職として自律的に業務を行います。
「PEによる図面や仕様書への押印が必要」と聞くと、PEの押印行為は米国の各政府機関による許認可手続きと同一であると思いこむ国内関係者もおられるようです。各政府機関の許認可を得る上で、図面や仕様書にPE押印のあることが必要条件ではありますが必要十分条件ではありません。
PE免許を持つ技師は、検討対象とする図面や仕様書の作成過程について必要な助言等を行うことのできるサービス提供者でもあるということを理解し、PE免許者に対しては技術的な相談を積極的にされることを勧めます。
5.PE制度は州により異なるが、学歴、技術試験の根幹要件は全米共通
米国PEはあくまで米国各州の制度ですが、専門職技師としての免許を与える基本的4要件(学歴、実務経験、技術試験、州法試験)のうち学歴と技術試験(FE試験、PE試験)についてはそれぞれ ABET, NCEESという非政府団体が自主的に監督しており、各州のPE法にはほぼ例外なく ABET, NCEES の語が現れています。 これによりPE制度の根幹部分についてはほぼ全米共通であるということが言えます。 ABETおよびNCEESとは概略次のような団体です。
ABET(Accreditation Board for Engineering and Technology : 全米工学技術認証委員会 )
www.abet.org
米国の工科系大学教育プログラムを学科単位で第三者認証する団体として日本でもよく知られている団体です。1932年設立当時の名称はECPD (Engineering Council of Professional Development エンジニア専門能力開発協議会)というもので、当時各州に広まりつつあったPE免許制度を教育および実践面で下支えしていくという目標から始まっていました。 現在のABETは30超の分野別技師協会に加えNCEES,やNSPEも団体として加盟する組織であり、ABETが認証する技術分野の区分はNCEESが実施するFE試験、PE試験の技術分野区分と一致しています。またNCEES傘下の各州PEボードが制定するPE法では、PEになる要件の一つとしてABET認証課程を卒業していることが含まれるのが一般的です。
NCEES(National Council of Examiners for Engineering and Surveying 全米技術業および測量業試験実施協議会)
www.ncees.org
米国のみならず日本を含む世界各国でFE試験、PE試験を実施する団体としてよく知られている団体ですが、州毎に異なるPE制度の州間横通しを図ることを目的として、各州PEボードが加盟し連携する組織として1920年に設立されました。各州が定めるPE法の共通規範であるModel Law, Model Rule (模範法、模範規則)を制定し公表しているのもNCEES です。 1980年代までに全米統一のFE試験、PE試験が開発され、現在は各州PE保持者のデータベース化(NCEES Record)を通じた州間障壁の撤廃等を推進しています。 日本でのFE試験、PE試験は、日本PE・FE試験協議会(JPEC)がNCEESと契約を結ぶことにより実施されています。
(※ なお、各州PE法は、州の名前+PE Board で検索してヒットする各州PEボードのウエブサイト上で ”Law” “Statute” “Rule” 等と表示されているページに行けば参照することができます。)
6.PE制度を支える米国内諸団体の歴史、関係
米国PE制度の公式な起源は 1907年ワイオミング州におけるPE免許認定ですが、欧米社会では古くからEngineer = 技術者 を社会の発展や存立に不可欠な専門家あるいは専門職として位置付ける土壌がありました。
米国では1907年から半世紀以上前に遡る1850年頃からASCE(土木技師協会)やASME(機械技師協会)といった分野別技師協会が自主的に誕生し、ASMEが制定したボイラ安全規格によりボイラ爆発事故の低減に大きな効果を挙げるなど、専門職として公衆からの信頼を得るための素地が時間をかけて醸成されていたと言われています。(参照: 技術者の倫理入門第三版、杉本・高城、2005 第15章ほか)
表1は、日本ではまだ江戸時代であった頃からの米国エンジニア制度の歴史を概観し、州政府という公的機関だけでなく様々な非政府機関が重層的に相互作用を及ぼし合いながら現在の米国PE制度を形作ってきたということを示しています。
年 |
米国エンジニア制度に関連する出来事 |
米国の社会情勢 |
1852 |
ASCE(米国土木技師協会)設立 | 1861-65 南北戦争 |
1862 |
モリル法(Morrill Land Grant Act)成立 – これ以後州立大学が増加 | |
1873 |
AIME(米国鉱山技師協会)設立 | |
1880 |
ASME(米国機械技師協会)設立 | 1890 シャーマン法(独禁法)成立 |
1884 |
IEEE(米国電気技師協会)設立 | |
1907 |
Wyoming州でPE法成立 | 1914-18 第一次世界大戦 1917 ロシア革命 1929 世界大恐慌 |
1908 |
AIChE(米国化学技師協会)設立 | |
1920 |
NCEES設立 – 当初は7つの州PEボードが参加 | |
1932 |
NCEESがModel Law発行 | 1933-38頃 ニューディール政策 |
1932 |
ECPD(専門技術者開発協議会)設立 – NCEES, ASCE,ASME,IEEE他が参加) | |
1934 |
NSPE設立 – 当初は4つの州PE協会が参加 | 1939-45 第二次世界大戦 |
1935 |
NSPEがCode of Ethicsを発行 | |
1940頃 |
New York州でFE制度が始まる | |
1946 |
NSPEがCanon of Ethicsを発行 | |
1950 |
米国の全ての州でPE法が成立 | |
1965-66 |
NCEESがFE試験、PE試験の提供を始める | 1969 アポロ11号月面着陸 1970年代 消費者重視運動 |
1976頃 |
アイオワ州がPE免許更新時のCPD申告制度を導入 | |
1976 |
NSPE Canon of Ethics中の「エンジ業務の価格競争入札を禁止」とする条項を米司法省が独禁法違反として提訴。4年間にわたる法廷闘争の末、同条項をNSPEが修正することで和解 | |
1981 |
NSPEがCode of Ethicsを発行 – 2007年改訂が現時点で最新 | |
1984 |
米国の全ての州がNCEESのPE試験を採用する | |
1980 |
ECPDがABET(全米工学教育認証協議会)と改称する | |
1989 |
米英豪等によるWashington Accordが発効 米国はABETが参加 | 1991 ソ連崩壊 1995 世界貿易機構(WTO)成立 |
1994 |
オレゴン州PEボードが日本でのFE試験、PE試験を開始する | |
1996 |
NCEES FE試験が分野別となる | |
1997 |
ABETがEngineering Criteria 2000 (EC2000)を発行 | |
2000-01 |
JSPE(日本プロフェッショナルエンジニア協会)設立。 NSPEと協業協定を結ぶ | 2001 米国同時多発テロ |
2002 |
NCEES PE試験が全選択肢式となる | |
2005 |
Washington Accordに日本(JABEE)が加盟 | |
2006 |
日本でのFE試験、PE試験の実施主体がオレゴン州からNCEESに移行する | |
2014 |
NCEES FE試験がコンピュータ試験(CBT)となる |
(参照: NCEES History, NSPE History, ABET History, JSPE10年史)
各団体間の関係を、個々のエンジニアのライフサイクルにあてはめたイメージを図1に示します。
7.米国がPE制度を”輸出”する理由
1994年から NCEESの運営するPE試験、FE試験を日本でも受験できるようになり※、この試験を経て米国PEとなった日本人技師が当協会会員の多くを占めています。
(※ 1994年から2006年まではオレゴン州PEボード(Osbeels)が主体、2007年以降はNCEESが主体となって日本での試験を実施しています。
また日本国内の受験窓口は1994年から2001年まで日本工業技術振興協会(JTTAS)が担っていましたが、2002年以降日本PE・FE試験協議会に引き継がれています。)
またABETは1989年に発効したワシントン・アコード(Washington Accord 工学教育認証の国際相互認証を図る条約機構)の創設メンバーであり、日本からは日本技術者教育認証機構(JABEE)が2005年よりこの条約に加盟しています。
米国PE制度の根幹を支えるNCEESとABETが活動範囲を米国外にも広げようとしている理由として、WTO(世界貿易機関)やTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)といった多国間貿易自由化の流れを円滑に進める上で専門職技師の国際流動化を促進することも重要であること、および米国以外の文化や技術と接することで長期的に米国のレベル向上にもつながるとの考えがあると言われています。
日本が民間ベースで米国PE試験・FE試験の導入に踏み切った背景も米国と同様の理由であり、当協会(JSPE)の使命は米国PE制度を通じて日米間の様々な交流を橋渡ししていくことにあります。
8.当協会がNSPEと提携している理由
以上見てきた通り、米国PE制度は州PEボードが監督する公的安全規制の一つですが、制度の根幹はNCEESやABETといった非政府団体が自主的に管理していますので、半官半民の制度であるということができます。 従い、制度の運用や改善を政府任せとすると、やがて公衆の信頼を失って制度自体が崩壊するという危機感を米国PEの多くは持っていると言われています。
このため、米国の各州には制度を監督する州PEボードとは別に、制度の自律的発展を図ることを目的としたPE協会(Society)があり、PE制度の公衆への周知、PEボードへの制度改善のはたらきかけ等を行っています。
NSPE (National Society of Professional Engineers 全米プロフェッショナルエンジニア協会) www.nspe.org は、1934年にECPD(ABETの前身)から飛び出す形で設立されました。その目標とは、無資格の実務者からエンジニア(と社会と)を守る、エンジニアという職種を社会に認知してもらう、そして非倫理的な実務や不適切な報酬に抗するということです。その目標を実現するため、PE資格を持つエンジニアが技術分野をまたいで集まり、専門用語を使わずに幅広い事項を扱える組織としてNSPEは設立されました。その後80年を超える時が経ちましたが、NSPEの基本的な活動趣旨は今も変わっていません。NSPE活動戦略(Strategic Plan)は、各州代表者等の協力も得て理事会が策定したもので、開かれた透明なものです。
NSPEが描く世界像 (Vision)
人々の生命に関わるようなエンジニアリング上の判断は、資格があって倫理的に説明責任を果たせるエンジニア(のみ)が下すことによって、安心が得られる。そういう世界像をNSPEは描きます。
NSPEの使命 (Mission)
PE資格を持つエンジニアを発展させ、社会に貢献できるようにすること。それがNSPEの使命です。
NSPEとしての価値観 (Value)
- 倫理と説明責任
- 公共の衛生、安全、福利が他の何よりも優先される
- 資格、倫理、および実務は、社会に認知され信頼される専門的なものであること
- 未来を見据えた変動する社会の要請に応える新機軸にも適応すること
- 資格
- エンジニア(技術者)とテクニシャン(技能者)とがチームとして機能できる専門的な基準、資格を提唱する
- エンジニアの専門実務標準としてPEライセンスを提唱する
- テクニシャンの専門実務標準としてNICET資格を提唱する
- 専門能力の向上
- PEライセンスとNICET資格を取得しようとする人を支援する
- 資格者への継続教育機会を提供する
- 専門職に関する懸念事項や外界との関係等の知識を提供し、深化させる
- 一貫性(あるいは統一性)
- エンジニアとテクニシャンとが技術分野や階層をまたいで一貫性、連帯感のあるチームとなること
- (人種や宗教の)多様性をエンジニア職に受入れていくことをNSPEとして熟慮している (注:訳が適切か確認要)
- 会員の区分を単一とすることで、地域支部、州協会とワシントン本部とが途切れの無い会員サービスを提供できるようにする
当協会JSPE (Japan Society of Professional Engineers)は2000年に米国PE免許を持つ国内技師を中心に設立され、国際的な専門技術と倫理基準を国内に定着させ、社会の安全、衛生、福利の向上に寄与することを目的としています。このように、当協会の活動目的は専門職技師に関する制度を自律的に発展させていくという点で NSPEと共通しており、2001年にNSPEとの間で提携協定(affiliation agreement)を結びました。JSPEとNSPEとの関係、およびNSPEの詳しい活動内容についての資料は、当協会会員サイトにあります。なお、米国PE制度の概要については、機械学会でも紹介されていますので参照ください。(https://www.jsme.or.jp/kaisi/1214-18/)
9.当協会がビジネス上のお問合せに対して提供できるサービス
当協会にはNCEES FE試験、PE試験に合格し、米国の各州にPE免許登録を持つ技師が会員として加入しており、その技術分野、職業分野も多岐にわたります。
一方、各会員は企業等に勤務しておりますので、勤務しない他の企業へのサービス提供は副業等として制限されます。 また当協会は非営利団体であり人材紹介等の営利事業を行うことは禁じられております。
こうした制約はありますが、当協会では米国への輸出ビジネス等に関するお問合せに対しても、米国PE制度に関する一般的な情報提供などを行うことができます。
継続して当協会からの情報提供を行わせて頂くための協力団体登録も受付けておりますのでお気軽にお問合せ下さい。
なお、個人としてPE資格取得に関心をお持ちの方は、当協会ウエブサイト 「PE受験/登録に興味のある方へ」 をご一読下さい。
以上
本文中の和訳について
Engineering、Engineer など技術者資格に関する英単語の和訳については、現在でも様々な和訳が試みられておりまだ定説が無い状態です。本文では次のとおりの和訳としています。
Engineering : 業務を意味する場合は「技術業」 手法を意味する場合は「工学」
Engineer : 技術を知っている人という意味の場合は「技術者」 専門職を意味する場合は「技師」
Society : 「協会」と訳し「学会」とは訳さない
Professional Engineer : 専門職技師
Public : 公衆
Board : 規制委員会
License : 免許